大山道場稽古納め、始めにつきまして

平成26年稽古納め

12月19日(金曜)

平成27年稽古初め
 
 1月 6日(火曜)

例年よりも早くに稽古を終了してご迷惑をおかけいたしますが宜しくお願いいたします。

呉羽山、城山近辺の石碑

 富山支部の練習場所はこちらになりますが、近辺の城山、呉羽山周辺には先人の偉大なる碑が沢山あります。
 歩いて行けるのがすぐ横の呉羽丘陵多目的広場内にある富山藩の柔術流派である四心多久間四代見日流を富山に伝えた足立平陸正保の碑があります。足立平陸正保碑
 富山県道44号線を横断して呉羽山の麓(ふもと)を歩いて八幡社を過ぎて富山市民俗資料館
方面に歩いて行くと左手に刀工佐伯則重の碑を見る事が出来ます。
佐伯則重鍛刀碑

 篁牛人記念美術館⇒日本海文化研究所⇒富山市民俗民芸村⇒長慶寺に向かいます。

 五百羅漢の入り口のところに池渕柳富斎(天保十三年一月生・天神眞揚流允可、白井流剱術を己にして盛武館を開き柔術を教え伏見では宗藩の軍に加わ功あり大正十二年六月病にて八十一歳で死去)の碑があります。
池渕柳富斎碑

 池渕柳富斎から見えるところに一際大きい碑があります。

 これは現在埼玉県に道場がある振武舘の十代目(現在は十五代目)の黒田正好(嘉永元年に道場を開き明治六年九月六日歿・年六十二)と十一代目の黒田正郡 (天保十二年六月六日生)の碑であります。
黒田正好、正郡碑

 この碑の畔(ほとり)に建っているのが黒田正好の高弟だった黒田彌平義孝(嘉永五年十一月二十四日生)の碑があります。
高岡彌平義孝碑

 五百羅漢から上に登って左に曲がって呉羽山老人センター方向に歩いて行くとコーヒーテラスマリーマリーがありその並びに駐車場が見えますがそこに建っているのが金尾柳神斎の碑であります。

 以上12月3日、健康診断半日ドックで健診の際に先生に
『総合的に見て脂質異常症の入院一歩手前だ
と叱られましたのであおくなり風が強い中(雨には殆ど合わず)急遽散策したコースであります(所要時間道間違えたり早歩きして約1時間)
 呉羽山近辺にはこの様な武術家の碑が沢山ありますので富山お越しの際は是非とも石碑巡りして下さい

追記

 この日はその後射水市小杉戸破(ひばり)に向かい駒川改心流剣術の指南をしていた
藤井右門の分骨塔を見に行って来ました(ここでは風雨が強かったです)。
 場所は射水市小杉戸破4200小杉社会福祉会館裏 日澄寺(にっちょうじ)横。
藤井右門分骨塔1
藤井右門分骨塔2
 
 こちらは平成25年6月30日に回ったのですが、私が角力古今最強と思っている太刀山峯右衛門建之のお墓と出生の地の碑が富山市中老田にあります。
太刀山峰右衛門建之墓2
太刀山峰右衛門出生地

11月24日、26日、27日の稽古

11月24日

 この日の基本20本、準備運動、号令、締めM充。

 保護者はローミドル蹴り込んで8時稽古終了。

 後半は立ち方練習のために外受、下段受、下突、肘打、前蹴上を各26本、ロー、ミドルからのパンチを捌く練習、小6、一般で初心2、その分解行い8時40分稽古終了。
26.11.25.1
 一般はパンチジャブ、ストレート、ワンツー、フック、アッパー、ワンツー左右フック、ワンツー左右フックアッパー練習して9時10分稽古終了。

26日

 この日の基本10本、補強無。準備運動M充、号令Aシさん。

 Aシさんは前半で帰宅。
26.11.27.1
 後半は各自得意型、一般は+初心2も練習。

 ミット蹴ローミドルを21本2セット、ハイ21本各遠中近蹴り込んで8時40分稽古終了。

 蹴りのブロック、前蹴、中足廻蹴を15本左右練習して9時30分稽古終了。

27日

 この日は基本20本、準備運動、号令、締めM充。

 保護者は片手腕、片手首に掛けて膝蹴刺す練習左右して8時に終了。

 後半はM充、小6がローミドルハイ⇒ボディパンチに対し、ローミドルハイ⇒顔面パンチを同じ手で仕掛けて来る攻撃、ロー⇒逆手ボディパンチを受けて掴まない巻き込み投げ、崩し制圧の練習を行い8時40分稽古終了。 その際に内下段の効用、出会頭の膝蹴を早く極めれる解説をして8時40分稽古終了。
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